INTERVIEW
日本コンベンションサービス株式会社(JCS)は、戦後日本の復興が進み、大規模な国際会議も増えてきた1960年代に創業した、MICE(※)運営のパイオニアです。多様な国際会議やイベントの運営をサポートする中、大量の資材やエネルギーを扱う “環境負荷の現場”としての一面に向き合い、アジアでもいち早くISO20121(イベントサステナビリティ)認証を取得するなど、サステナビリティの取り組みを進めてきました。企業としての体制と提供するサービス、両輪でさらに環境配慮の取り組みを進めるべく、2022年に環境領域での新サービスを立ち上げます。このサービスを成長させていく上で対話の相手として選ばれたのが、私たち「ひとしずく」でした。現場での実践と問いを積み重ねながら、会社としての優先課題(マテリアリティ)を見極め、実践していく。そのプロセスについて、JCS加藤さんと、ひとしずく代表のこくぼが振り返ります。
※MICE:企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(インセンティブ旅行)(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議 (Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字を使った造語で、これらのビジネスイベントの総称
国際会議・イベント運営のパイオニアが、環境領域のサービスを始めた理由
ひとしずく代表 こくぼひろし(以下、こくぼ):
2023年春にご相談をいただいてから、ひとしずくとして約2年間ご一緒させていただきました。まずは日本コンベンションサービス(以下、JCS)さまの事業について改めてご紹介いただけますか。
日本コンベンションサービス株式会社 システム戦略部 サステナビリティ・ソリューション担当 加藤直樹さん(以下、加藤さん):
当社の創業は1967年です。1960年代、日本では国際化をめざす機運が急激に高まり、大規模な国際会議などの開催も増えてきました。この流れに新しいビジネスの芽を見出し、通訳者の派遣から会議の運営自体にも携わるようになっていったんです。
こくぼ:
JCSさんは国際会議運営のパイオニアのような存在ですよね。
加藤さん:
そのうち、万博や博覧会のパビリオンの運営、それに伴って必要になる人材の派遣なども担当するようになりました。一方で医学会でも学術集会の開催にあたっては、主催者である医師や研究者の方々本人が走り回るのではなく、講演や聴講に集中していただけるように運営をお任せいただくようになりました。こうして各種会議やイベントの運営や通訳・翻訳、人材派遣など全般にサポートさせていただく事業が発展してきました。
こくぼ:
本当に、業務の幅が広いですよね。最近では地域振興事業も手がけていらっしゃいます。
加藤さん:
はい、これまでに培ったノウハウを活かし、地域振興のコンサルティングや会議・イベント施設運営、コンベンションビューロー研修なども手がけています。やってきたことがリンクしながら、少しずつ幅が広がっていくような事業成長を続けてきました。
こくぼ:
そして2020年代に入ってからは、新たに環境領域のサービスにも着手されています。どのような経緯で立ち上げられたのでしょうか。
加藤さん:
ひとつ、大きなきっかけとなったのは、私たちが運営をお手伝いした、2010年の生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)です。これを機に、会社としても環境保全に対して具体的にアクションを起こすべきだと機運が高まりまして、アジアのなかでもいち早くISO20121(イベントサステナビリティ)を取得しました。個人的には前々から、大規模な会議や博覧会を運営している中で、非常に多くの廃棄物を出してきたことには自責の念があったんですよね。無理に保管せず廃棄したほうが経済的にはプラスだけれど、環境面で見たら必ずしもそうではないわけで。世の中の流れとしても環境保全に意識が向いてきたこともあり、何か環境保全のアクションを起こすことで、むしろ会議やイベントの価値が高まる方法があるのではないか、「中の人」としてできることはないのか、その道を模索しようと決めたのが、JCSの環境領域サービス立ち上げの原点です。
こくぼ:
加藤さん発の新規チームはどのように立ち上げられたのですか。
加藤さん:
チーム立ち上げを本格始動したのは2022年の秋で、私はその頃は中部支社にいました。立ち上げ役を担ったとはいえ、私自身はイベント運営ひとすじで、環境問題の知識もなく、廃棄物の分別もままならないくらいで(笑)。人づてに、東京本社にサステナビリティ推進担当の松原という社員がいることを知りました。彼はWWFジャパン出身で、環境に関する専門知識がある人なんですね。彼にいろいろ教えてもらいながら、新サービスの形を一緒に考えていきました。
こくぼ:
松原さんとはWWFジャパンさんのご支援をしていた時にご一緒していましたので、当時ご連絡をいただいてとても驚いた記憶があります。チームが結成され、これまでの現場経験と新たな専門性をかけ合わせて、新しい価値を生み出そうという取り組みが始まったんですね。
サステナビリティをテーマにした新サービスのコンサルティングから実施の支援まで
こくぼ:
ISO20121の取得だけではなく、環境にかかわるサービスを模索しようという動きが2022年秋に始まって。翌2023年春、私たちひとしずくに声をかけていただいたのは、どういった経緯があるのでしょうか。
加藤さん:
ISO20121取得にあたってサポートしていただいた、国際規格取得支援のBSIグループジャパン株式会社さんに相談したところ、「ひとしずくのこくぼさんが適任じゃないか」とご紹介いただきました。
こくぼ:
ありがとうございます。当社もISO20121を取得していて、ISO20121つまりイベントサステナビリティとはどういうものか理解しています。しかも松原さんとはもともと知り合いでしたので、これはもう、いいチームとしてご一緒できるのではないかと。ひとしずくにもWWFジャパン出身のやまもとがいまして、顧問のさかもととともにご支援させていただきました。ひとしずくにサポートを依頼いただいた当初、JCSさんで感じていた課題はどのようなものだったのでしょうか。
加藤さん:
ISOを取得したものの、うまく活用し切れていなかったんですよね。会社としてどうサービスに結びつけていくかが課題でした。ただ、どう進めていいのかわからない。そこにアドバイザーとして伴走していただける方を探していたんです。
こくぼ:
私たちも何か具体的なアクションをサポートするというよりは、当初コンサルティングとしてチームに入らせていただいて。隔週でミーティングをしながら、何を行うべきか、環境コミュニケーションの戦略や新サービスに関する議論をしていきました。その中では、JCSさんとしてサステナビリティをどう進めていくのか、優先課題を見極めて実行していく、マテリアリティの特定をするべきだとお話しさせていただきました。この議論を通じて、加藤さんが構想されていた新サービスを形にすることができました。
加藤さん:
イベントやMICEの環境負荷を減らすためのCO2排出量マネジメント・サービス「CO2-manage/ここマネ」を2024年にローンチしました。これは、イベント・MICE開催におけるCO2排出量算定支援を行い、改善提案やソリューション提供、パブリックリレーションズの支援まで行うサービスです。私たちの主軸事業であるイベントで持続可能性の取り組みを行うことを考えたとき、単に押し売りしてもダメで。やりたい、あるいは何かやりたいなと思っている方と協業して取り組めるサービスはできないかと考えていました。創業期にJCSは、「日本でも国際会議を増やしていきたい」という世の流れに寄り添ってサービスを立ち上げたのですが、それと同じ感覚です。※加藤さん立ち上げ
サステナビリティの取り組みを行いたい企業や団体に、それを可視化して示すことができ、改善もできるサービスを提供しよう、と始めたのが「CO2-manage/ここマネ」です。ひとしずくさんには、情報整理や事業名のネーミング、ロゴマークやLPサイトの制作でお力添えをいただきました。単にCO2排出量を測定しますよ、というだけでは、「測ってどうするの?」とサービスの意義を十分にご理解いただくことは難しい。CO2排出量測定という入口からどういった取り組みができるのか、全体のストーリーを見せる必要がありました。ロゴマークやLPサイトの制作はそのためのもので、ストーリーの全体像が理解しやすいものになりました。また、ヤーコブ・トロールベックさんが来日した際のイベントでもひとしずくさんにサポートに入っていただきましたね。本当に、いろいろな場面で伴走していただきました。
「PRしないことが大事」——社内の合意形成を図りながら本質的なサービスをつくっていく
こくぼ:
環境領域チーム立ち上げから3年目になりますが、社内でも初めての取り組みに実直に、真摯に向き合ってこられて、少しずつ前進されていますよね。その中でこれまでのひとしずくのサポートについて、率直な思いやご要望もお聞かせいただけますか。
加藤さん:
最初のウェブミーティングの際のこくぼさんの言葉は衝撃的でしたね。「PRしないことが大事なんです」と。こちらとしてはその段階では、ISOはじめサステナビリティの取り組みをどう広報していこうか、と考えていたので、「え、じゃあどうしたらいいんだ?」と(笑)。
こくぼ:
これはちょっと補足させていただきますね(笑)。広報・PRって、積極的にやろうとすると、コストがすごくかかるんです。お受けできたら私たちの業界は儲かりますけど、JCSさんのその時の状況を考えると、それは本質的な解決ではなくて。広報より先に、まず自分たちが取り組んでいることの「実体」をつくることが大事だとお話しました。小手先ではない、本質的なサービスがあれば、おのずと広まっていくものです。そして実体があればその先の広報でも、言葉に説得力が生まれてくるんですよね。その「実体」をつくるためには、環境領域チーム、さらには会社全体での合意形成が必要だとお伝えしました。それがないままサービス提供を進めても、社内的にも対外的にもバラバラな印象を与えたまま、伝わるものも伝わらなくなってしまうのではないか、と。
加藤さん:
これはもう、図星だったんですよね。こくぼさんはじめひとしずくさんとミーティングを重ねていくうち、それまで社内で深く詰めて、合意までもっていく機会は不足していたことに気づきました。まずはチームの中で個々が考えていることを棚卸しして、言葉の整理をして、意思統一を図ることを丁寧にやり直すようにしましたね。こくぼさんはずっとサステナビリティやソーシャルイシューに思いをもって進んできた経営者です。だからこそ、ひとしずくさんは単にPRや宣伝を支援してくれるだけではなく、本質を捉えた提案をしてくださるんですよね。ほかにこういう伴走支援をしてくださるコンサルティング会社やPR会社があるかというと、思いつかないです。
こくぼ:
私たちは「正直にお伝えする」という姿勢を大事にしているんですね。ふつうだったら、クライアントであるパートナーの皆さんにはここまでは遠慮して言えないかも、というようなこともけっこうお伝えしています。それを隠して、当社の利益が上がればいいという態度で臨んだとしても、やっぱりパートナーも、ひいてはパートナーの皆さんの活動を通じた社会も、本質的に良くなっていかないと思うので。
加藤さん:
そういう感覚でずっとお付き合いいただいて、ひとしずくさんは社内の接着剤のような役割を果たしてくださったなと感じています。ひとしずくさんがいることで社員も、誰が何を思い、考えているのかを知る機会にもなったんですよね。
こくぼ:
私たちとしても、「ひとしずくのための会議」ではなく、「社内の会議」に入れていただいて、本音もお聞かせいただき、隔てなく議論をさせていただけるのはありがたかったです。腹を割って「一緒に議論する」ことがやっぱり大事ですよね。
継続の中で、関わる人を増やし良い循環をつくっていく
こくぼ:
最後に、今後の取り組みや展望についてもお聞かせください。
加藤さん:
そうですね。ひとしずくさんと一緒にマテリアリティの整理なども行ってきましたが、まだ実現できていない点もあります。
こくぼ:
確かに、ビジネスとサステナビリティのバランスについては、どの企業も持っている課題ですね。
加藤さん:
その中で私たちができることは、継続することかなと。まずはサステナビリティに関心の高い人たちとの接点を、これまでより豊富につくれるようになっていきたいですね。私たちが提供できるソリューションもあれば、つながった先から私たちが与えてもらうものもあると思うんです。JCSは国際会議、博覧会、学術集会など活動の輪を広げていきましたが、そのあいだずっと、関わってきたお客様から色々なことを教えてもらってきたんですよね。教えてもらったことを次に活かして、より良いソリューションを提供できるようになっていったわけで。サステナビリティの取り組みに関しても、ひとしずくさんはもちろん、関わっていく方々から教わることがたくさんあると思います。これまでのJCSの歩みのように、それを吸収して、本質的なソリューションとして還元する、そんな循環をつくっていきたいですね。
編集:いとう ひろこ 撮影:ほりごめ ひろゆき
Director: こくぼひろし